京都の秋は 🍁モミジの永観堂🍁
銀閣寺を後にして永観堂 禅林寺にやって来ました。永観堂には駐車場がないので、車は銀閣寺の駐車場に置いたままにして、タクシーを利用して来ました。さすがに「もみじの永観堂」と謳われるだけあって、紅葉の美しさは素晴らしいものがあります。
永観堂 (えいかんどう) という名称は、平安中期に禅林寺に入り、貧しい人々の救済に力を尽くした永観 (ようかん) 律師に由来しているということです。

ちなみに銀閣寺から永観堂までのタクシー料金は700円でした。バスで移動すると230円/人ですから、3人以上で乗れば蜜も避けられるタクシーの方がお値打ちで、時間もバスよりはるかに早く着けるという利点もあります。










勅使門盛砂






やすらぎ観音

琵琶湖疏水の水を利用した吐龍水

このもみじは、タムケヤマモミジ (手向山) というのでしょうか。 ?


境内の茶店は、この賑わいようです。

境内の小川が赤く染まって流れていきます。


みかえり阿弥陀さんにもお会いして来ました。
みかえり阿弥陀と永観律師
永保二年(1082) 二月十五日早朝、阿弥陀堂に人影がうごく。夜を徹して念仏行に励んでいる僧侶がいるらしい。東の空がしらじらし始めた。ふっと緊張がとけた一瞬、僧は息をのんだ。自分の前に誰かがいる。それが誰か気がついて、足が止まった。「永観、遅し」ふりかえりざま、その方は、まっすぐ永観の目を見つめられた。
永観堂禅林寺の御本尊は、首を左にかしげ、ふりむいておられます。ほんの少し開かれたお口。お顔全体にただよう穏やかな微笑み。それは遠い昔、永観律師を励まされた時のまま。阿弥陀さまの慈悲のかたちがこれほど具体的にあらわされている佛さまは例がなく、「みかえり阿弥陀」と呼ばれ、広く知られています。
現代の私たちが、みかえり阿弥陀のお姿に教えられるもの、それは、遅れる者を待つ姿勢、思いやり深くまわりを見つめる姿勢。そして自分自身をかえりみ、人々とともに正しく前へ進む姿勢。それはまた、阿弥陀さまの私たちへの想いなのです。(案内より)
永観堂 (えいかんどう) という名称は、平安中期に禅林寺に入り、貧しい人々の救済に力を尽くした永観 (ようかん) 律師に由来しているということです。

ちなみに銀閣寺から永観堂までのタクシー料金は700円でした。バスで移動すると230円/人ですから、3人以上で乗れば蜜も避けられるタクシーの方がお値打ちで、時間もバスよりはるかに早く着けるという利点もあります。










勅使門盛砂






やすらぎ観音

琵琶湖疏水の水を利用した吐龍水

このもみじは、タムケヤマモミジ (手向山) というのでしょうか。 ?


境内の茶店は、この賑わいようです。

境内の小川が赤く染まって流れていきます。


みかえり阿弥陀さんにもお会いして来ました。
みかえり阿弥陀と永観律師
永保二年(1082) 二月十五日早朝、阿弥陀堂に人影がうごく。夜を徹して念仏行に励んでいる僧侶がいるらしい。東の空がしらじらし始めた。ふっと緊張がとけた一瞬、僧は息をのんだ。自分の前に誰かがいる。それが誰か気がついて、足が止まった。「永観、遅し」ふりかえりざま、その方は、まっすぐ永観の目を見つめられた。
永観堂禅林寺の御本尊は、首を左にかしげ、ふりむいておられます。ほんの少し開かれたお口。お顔全体にただよう穏やかな微笑み。それは遠い昔、永観律師を励まされた時のまま。阿弥陀さまの慈悲のかたちがこれほど具体的にあらわされている佛さまは例がなく、「みかえり阿弥陀」と呼ばれ、広く知られています。
現代の私たちが、みかえり阿弥陀のお姿に教えられるもの、それは、遅れる者を待つ姿勢、思いやり深くまわりを見つめる姿勢。そして自分自身をかえりみ、人々とともに正しく前へ進む姿勢。それはまた、阿弥陀さまの私たちへの想いなのです。(案内より)
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